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ラパラン 1952  (マルティニーク島産)

フランスの海外圏の一つ、マルティニーク島のプティ・ボーグの街にあったラパラン家の蒸留所で作られたミディアム・ラム。
1952年に蒸留されたものだが、1955年に蒸留所は閉鎖。その後シャンタル伯爵家がこの酒を買い取り、販売するようになった。
ストックがなくなればこの世から消えてしまう貴重な酒。そのため、入手は非常に困難である。
冷却フィルターを通さずに瓶詰めされたこのラムは、長期熟成にミディアム・ラムのみが持つ素晴らしい香りと、滑らかな深い味わいに恵まれた逸品である。
ラベルハマりティニーク塔の地図が描かれていて、やや効果ではあるが、酒通の方に是非オススメしたい一本である。

  ラパハン

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Trackback [1] | Comment [0] | Category [ラムの知識] | 2012.05.25(Fri) PageTop

ロンリコ151  (プエルトリコ ラム)

ラムはサトウキビから絞った糖蜜を発酵させて蒸留した酒で、独特な香りがある。
また、スティーブンソンの小説『宝島』にも出てくるが、海賊・海の男の酒としても有名である。
通常のアルコール度数は40~50度。大体40度くらいのライトタイプが多いが、「ロンリコ151」は75.5度もある。
酒造元のロンリコ・ラム社はプエルトリコの名門。社名のロンはスペイン語でラム、リコはリッチという意味である。
ふくいくとしたラムを作るという意思表示であるように思われる。(現在はジョセフ・E・シーグラム&サンズ社の傘下)
タップリと濃い香りが特徴の強い酒なので料理やお菓子に入れたり、トロピカルドリンクとして楽しむのが良いでしょう。


  ロンリコ151

Trackback [1] | Comment [0] | Category [ラムの知識] | 2012.05.14(Mon) PageTop

味わいと色合いに違いが国ごとのキャラクター

ラムは風味と色合いでそれぞれ3タイプずつに分類されます。

風味による分類は軽い順にライト→ミディアム→ヘビー、色による分類は薄い順に

ホワイト→ゴールド→ダークとなっている。

ライトラムは連続式蒸留機の導入により生まれたもので、他のスピリッツと同じパターン。

反対にヘビーラムは自然発酵プラス単式蒸留機という古式ゆかしい西方で造られる

ラムの色は樽熟成に由来するとは限らないので注意しよう。

カラメルなどで着色することもあるため、色の濃さと熟成期間はあまり関係がない。

西インド諸島を産地とするラムですが、国によってはタイプに若干の違いがある。

ジャマイカのラムはヘビーラムが主流ですが、キューバはライトラム造りの先駆けて的存在であります

(今ではライトとヘビーの両方のラムを造っている)イスパニョーラ島を二分するドミニカとハイチは

おもにライトラムを造っており、プエルトリコは同じくライトよりですが、単式蒸留機の蒸留液も

混ぜる為、この国のラムは甘い香りを帯びたものが多い。

西インド諸島に限らず、ラムはスペイン、パラグアイなど南米諸国、インド、フィリピン他さまざまな

国や地域で造られている。

理由の1つには、原料となる穀類のデンプンを糖化する作業が不要な為、製造工程がシンプル

で造りやすいという点が挙げられます

Trackback [0] | Comment [0] | Category [ラムの知識] | 2008.11.17(Mon) PageTop

ラム酒の悲しい歴史

お酒の発祥地はその原料となる植物などの産地であることが多い。

しかし、ラムの場合は少々事情が違い、原料となるサトウキビが人工的に西インド諸島へ

持ち込まれとことがきっかけでした。

それから西インド諸島はサトウキビの産地となり、やがてラムの故郷となるのだが、ラムの発祥には

2つの説があります。

時期が早いのはスペインの探検家ポンセ・デ・レオンが隊を率いてプエルトリコに渡った際、

隊員の一人が蒸留技術を持っており、現地に伝えたというもの。

1世紀ほど遅れて、同じく蒸留技術を持つイギリス移民がサトウキビを原料に蒸留酒を造ったという

説もあり、真相は定かではないです。

起源の詳細はともかく、17世紀には西インド諸島でラムが作られていたことは確実であります。

そして、18世紀に入ると、航海技術の発達もあり、ラムは世界に知られ始めるが、

実はこれには奴隷制度という悲しい歴史が大きく関係していたんです。

西インド諸島、新大陸を含むヨーロッパ諸国、西アフリカの3つを各頂点とする‘三角貿易‘では

西アフリカで奴隷にされた人たちを西インド諸島でサトウキビ栽培で従事させ、

奴隷達が作ったサトウキビから糖蜜を作り、ヨーロッパ諸国へ運んだ、

そして、ヨーロッパ諸国で作ったラム酒を今度は西アフリカに黒人奴隷の身代金として、

西アフリカにラム酒を支払ったんです。

こういった流れが循環的に流通しました。

それが皮肉にもラムを世界へ広めていったのでした。

ともかく、こうした悲しい歴史の渦にも巻かれながら、ラムは中米の小さな島々からあちこちの国へ

海を渡っていったのです。

ラム

Trackback [0] | Comment [0] | Category [ラムの知識] | 2008.09.28(Sun) PageTop


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