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コアントロー

コアントロー社は、ロワール地方アンジェ市の菓子職人、アドルフとエドアールのコアントロー兄弟によって1843年に設立された。
創立当初はフルーツの蒸留酒を造っていたのですが、後にエドアールの息子が甘みを抑えた「コアントロー」を開発しました。
ラベルの「トリプルセック(三倍辛い)」が代名詞となり、瞬く間に世界中に広まったのでした。
それまでにのホワイトキュラソーは甘みが濃厚なものが多く、画期的な商品だったのです。
「トリプルセック」の「セック」といっても本当に辛いわけではないのです。
従来の甘いオレンジキュラソーに比べて「甘みを抑えてある」と言う意味で使われたようです。
現在ではホワイトキュラソーの別称のようになっています。
ハイチ産ビターオレンジとブラジル産スイートオレンジの果皮を使用し、おいしい中溜部分のみを取り入れ、製造されます。

    コアントロー

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [リキュールの知識] | 2009.05.29(Fri) PageTop

ベネディクティンDOM

『ベネディクティン』は、1510年にノルマンディー地方のフェーカンプにあるベネディクト派のイタリア人修道院の僧、ベルナン・ヴァンチェリによって製造されたのでした。
しかし、フランス革命中の1791年に、修道院の財産は国に没収され、同時にレシピも失われてしまうのでした。
製品化されたのは、約70年後の1863年のことでした。
酒商人アレクサンドル・ル・グランが製法記録を発見し、それを頼りに商品化に成功したのでした。
商品名のDOMは「ディオ・オプティモ・マキシモ」の略で、ラテン語で、「至善至高の神に捧ぐ」を意味する祈りの言葉なのです。
主材料には、よろい草の根や、ジュニパーベリー、西洋山ハッカ、アンゼリカ、シナモンなど27種類にも及ぶハーブやスパイスを使用、。
これらをスピリッツに浸し、18ヶ月樽熟成してから蜂蜜やシロップなどで甘さを調整する。
どっしりとした丸みのある甘みが身上です。

ベネディクティン

Trackback [0] | Comment [0] | Category [リキュールの知識] | 2009.05.29(Fri) PageTop

ドランブイ

イングランド王に対抗して兵を挙げたスコットランドの英雄、ポニー・プリンス・チャーリーは、1745年に政府軍に敗れ、スカイ島の豪族、マッキノン家にかくまわれ、そのお礼にチャーリーが伝えた秘酒が「ドランブイ」でした。
長い期間マッキノン家は製法を隠し続けたが、約150年後の1906年に商品化され、今や世界各国の旅客機や客船に備えられるインターナショナルリキュールとなりました。
15年熟成を超えるハイランド産モルトウイスキーを中心に40種類以上のスコッチをブレンド、ヒースの花エキスや花の蜜、ハーブなどを配合して造られます。
ハーブのきいた濃厚な甘みは「満足すべきもの」という意味を表すドランブイという名の通りに、疲れを癒す極上の一杯となりますよね。


ドランブイ

Trackback [0] | Comment [0] | Category [リキュールの知識] | 2009.05.28(Thu) PageTop

カンパリ

19世紀の半ばのミラノで生まれた「カンパリ」は、イタリアを代表する苦味酒です。
1860年に、ガスパーレ・カンパリがドゥオモ広場の一角に開いた酒販売店兼酒場で、ビッテル・アルーソ・ドランディア(オランダ風苦味酒)という名で常連客に売ったのが始まりでした。
この酒は評判を呼び、ミラノの中心地、ヴィットリオ・マルニエ通リにオープンさせた「カフェ・カンパリ」が大ヒットとなり、ここでもカンパリは更に多くの人々に広まり、イギリス国王が訪れるほどに名を高めたのです。
そして、ガスパーレ・カンパリの死後、跡を継いだ息子のダビデが酒名を「カンパリ」に変更し、国内のみならずフランス、スイスなどにも輸出を開始。
更に、1932年に小瓶入りのカンパリ・ソーダを発売すると爆発的な大ヒットとなり、カンパリは国民酒としての地位を確立したのです。

カンパリ

Trackback [0] | Comment [0] | Category [リキュールの知識] | 2009.05.28(Thu) PageTop

単純なものほどセンスの違いがでる

同じカクテルを注文したのに、前に飲んだものと全く味が違う、と言う経験をした人は多いのではないでしょうか?
それもそのはず、カクテルの中には1つではなく、何十、何百と言うレシピを持つものがあるのです。
その代表格がマティーニです。
アメリカで1979年に出版された「ザ・パーフェクトマティーニブック」には、なんと268種類ものマティーニが紹介されています。マティーニにこだわりを持つプロは多く、それぞれのバーがよりよい味を出そうと研究しているので、正確にはもっと多く、数え切れないほどの種類があるはずです。
ジンフィズも酸味と甘みのバランスが難しく、店に寄って全く味が異なる。
料理と同じで、シンプルなレシピのものほど、バーテンダーの腕前やセンスがはっきり出る飲み物です。
美味しいカクテルに出会いたいのなら、たくさんのバーを訪れましょう。
同じカクテルを飲み比べ、自分好みの味を下で覚えることですねー。

Trackback [0] | Comment [0] | Category [カクテルの知識] | 2009.05.23(Sat) PageTop

スノースタイル

皆さんこんばんわ。
スノースタイルと呼ばれる製法の1つで、グラスに雪が凍りついたように見える事からこの名があるのです。
代表的なものに、マルガリータ、雪国、ソルティドッグ、などがあります。
スノースタイルは単なる飾りではありません。
砂糖や塩をなめることで、お酒の味をまろやかにするんです。全部なめる必要はなく、グラスの縁を回しながら、自分で甘さや辛さを調節するわけです。
残しても失礼にはなりません。
塩にはアルコールの強さを感じさせなくするという、不思議な働きもあります。レモンにも同様の効果があるみたいですね。
マルガリータ

Trackback [0] | Comment [0] | Category [カクテルの知識] | 2009.05.22(Fri) PageTop

カクテルの発展は禁酒法時代から

紀元前1750年ごろ、シュメール人はまだ味の悪かったビールに薬草を入れたり
水で割ったりして飲んでいたといいます。
これがカクテルの起源ともいえるのですが、
現在のように華やかなカクテルには15世紀のリキュールの誕生を待たなければいけませんでした。
錬金術師が生んだリキュールは当初おもにストレートでの飲まれていて、
18世紀になってようやくカクテルに使用し始めるようになりました。
1870年にドイツで人工製氷機が発明されると、シェークやステアなどの技術が生まれました。
さらに転機となったのは、1920年にアメリカで施行された禁酒法でした。
酒を飲んでいることがバレないように、人々は酒をジュースで割って飲み始めました。
また、禁酒法で職を失い、ヨーロッパに渡ったバーテンダーたちは、
結果的にカクテル文化を広める役割を果たしたのです。

カクテル

Trackback [0] | Comment [0] | Category [カクテルの知識] | 2009.05.16(Sat) PageTop


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