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メキシコには毛虫を漬けた酒がある!

テキーラの仲間に「メスカル」という酒がある。
テキーラをもっと素朴に地酒っぽくした酒だが、これもテキーラと同じく、リュウゼツランから造る。
そのリュウゼツランには、グサノ・マゲイという毛虫がつくのだが、その毛虫を瓶の底に沈ませたメスカルが「メスカル・デ・グサノ」。
現地では歓迎会などのおめでたい会には、必ずこの酒が登場する。
メキシコ人たちは、酒を飲みながら最後にはこの毛虫も、ペロリと食べてしまうが、日本人にはさすがになかなか飲み込めないようだ

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [お酒の知識] | 2013.04.21(Sun) PageTop

インペリアル  (スペイサイドモルト)

スペイサイドらしいモルトウイスキーで、このインペリアルには安心感がある。スペイサイドの知られざる入門編というべきか。インペリアル蒸留所はマッカランから西に約6キロ、スペイ川左岸のキャロンの地に建てられている。
創業は1897年。折しもヴィクトリア女王在位60年、ダイヤモンド・ジュビリーの年に当っていた。インペリアル(皇帝の)という名前はそれを記念してのものなのだろう。大英帝国が最も華やかだった時代、ウイスキー業界も空前の大ブームに湧き前途は洋々として見えた。
創業者はトーマス・マッケンジーで、彼はすでにダルユーインとタリスカー蒸留所を所有したいた。ダルユーインは、スペイ川を挟んだほぼ対岸にあり、インペリアルは同蒸留所の第二工場として建てられたもの。設計は当時随一と言われたチャールズ・ドイグによるもので、建物は全てアバンディーン産の赤レンガと鉄筋で立てられた
火災を未然に防ぐという意図を持っていたのである。
建物で風変わりなのは、キルンの屋根が通常のバゴダ風ではなく、王冠のような形だったこと。これもインペリアルという蒸留所名を意識しての事だったのかもしれない。その姿は陽の光を反射して実に見事だったという。「陽が当たるとまるでトルコの宮殿の塔のようにキラキラ輝き、周囲のキャロンの暗い松林と茶色の丘に生えて、ひときわ見事であった。。。」マックリーン著、Poket Whisky Bookより
しかし、前途洋々に見えたインペリアルの船では、創業2年目に早くも陰りを見せる。1898年、リースに本拠を置くウイスキー会社の最大手パティソンズ社が倒産。ウイスキー需要は落ち込み、1900年にイペリアルは操業停止に追い込まれた。その後のインペリアルの歴史は、創業と休眠の繰り返しで、休業期間のほうがはるかに長かったくらいだ。
1925年にDCL社に吸収合併され、1955には同社の子会社であるSMD社のもとでようやく操業再開、1989年5月にアライドディスティラーズ社が買収して、今日に至っている。
モルトウイスキーはすべてブレンド用に出荷され、オフィシャルのシングルモルトは一切出回っていない。わずかにGM社のものなどが手に入るだけである。
ポットスチルはスワンネック型で、1965年の拡張工事の際に2基から4基に増設された。仕込み用水はスペイ川の支流、バリントム川の水を利用している。


インペリアル

Trackback [0] | Comment [0] | Category [モルトウイスキーの知識] | 2013.04.21(Sun) PageTop

大文豪たちに愛されたドイツワインは?

「レ・ミゼラブル」を書いたフランスのヴィクトル・ユゴー、『二都物語』のイギリスのチャールズ・ディケンズ、この二人が心から愛した白ワインがある。
その名前は、「リープフラウミルヒ」。ドイツのライン川の左岸にヴォルムスという街がある。そこに1296年修道院が建てれられ、修道僧たちがブドウ畑を耕して、ワインを作り始めた。そのワインは「聖母の乳」(リーフフラウミルヒ)と名付けられ、評判となった。
その後戦乱などで、ぶどう畑は荒れてしまった時期もあったが、19世紀初頭にファンケンベルグという会社が畑を受け継ぎ、ワインの生産を再開すると、再び大評判となり、ドイツを代表するワインとなった。
ユゴーは手紙に『リープフラウミルヒ飲むためだけにでも、またヴォルムスに行きたい』と書いており、ディケンズもまた手紙の中で、リープフラウミルヒを絶賛している。

Trackback [0] | Comment [0] | Category [お酒の知識] | 2013.04.16(Tue) PageTop

マリーブリザール アプリ  (フランス産リキュール)

アプリコット(アンズ)はモンゴルが原産地で、中国、ペルシャ、アルメニアを経由して、西洋に伝わった。
ギリシャではアプリコットのみを『アルメニアのフルーツ』と呼んだため、今もアプリコットの学名はPrunus armeniacaである。
英語のアプリコットは、ラテン語のApricas(陽にあたって早く熟す)から来ているが、これはピーチ(桃)に比較して熟期が早いことを意味している。
現在、日本の長野、ロシア、バルカン半島、フランス、イギリス、アメリカなどで栽培されている。
アプリコットのリキュールは、アメリカのものはアプリコットフレーバードブランデーと呼ばれ、アプリコット単品の香味が強い。一方、ヨーロッパ産のアプリコットリキュールは、アプリコット以外の果実、ハーブも隠し味として積極的に利用している。そのせいか、まろやかなフルーティさを持ちながら、あと口のキレが良い味わいに仕上がっているものが多い。
その代表例が、フランスのボルドーの有名リキュールメーカーであるマリーブリザール社のアプリだ。
ロシア産のアプリコットの実に水を加え果肉と種子を一緒に潰し、核のビターアーモンド香をひき出すようにしている。発酵後、ゆるやかに蒸留。これに、中性スピリッツ、コニャック、砂糖、その他の植物を配して熟成させるが、その際、ストロベリー、チェリーなどが隠し味的に使われているのではないかと見る人がいる。
いずれにしても、アプリコット以外の植物香味が複雑に感じられるのは確かでふくよかという形容詞がぴったり当てはまる感じのリキュールといっていいだろう。
オランダのボルス社のアプリコットブランデーは、ハーブの香味がアクセントを添えている。


アプリ

Trackback [0] | Comment [0] | Category [リキュールの知識] | 2013.04.16(Tue) PageTop

訓練次第で酒に強く慣れるのか

ゴルフだって、どんな運動神経の鈍い人でも練習すればある程度はうまくなる。では酒も練習で強くなるだろうか?実はこれもある程度は強く慣れるのである。
アルコールをアセトアルデヒドに変え、その悪玉のアセトアルデヒドを酢酸い変えるのは、脱水素酵素の働きである。しかしもう一つメオスという酵素も、25%くらいはその働きを担っている。
この酵素は、アルコールを飲んでると、だんだん強くなっていく性質があるので、ある程度は酒も強くなっていくわけです。
しかし、所詮、全体の25%くらいだから、それほどメキメキと強くなるわけではない。
その上、このメオスが作り出すアセトアルデヒドは、毒性が強いので、体にとってはあまりいいものではない。
酒に弱い人は、強くなろうなどとは考えず、弱いなりの美味しい飲み方を考えたほうが無難である。

Trackback [0] | Comment [0] | Category [お酒の知識] | 2013.04.15(Mon) PageTop

キリン麦焼酎 ピュアブルー  (東京産 麦焼酎)

最近は大手メーカーが様々なジャンルの酒を発売しているが、焼酎ブームが依然として広がりを見せていることから、本格焼酎にも大手メーカー発の銘柄が生まれ始めている。
コバルトブルーのボトルが目を引くキリンビールの『ピュアブルー』もそのひとつだ。
銘柄名のとおり、原料も麹も大麦100%で造られる純粋な麦焼酎。麦そのものの香味を引き出すために低温でじっくり時間を掛けて発酵させ、減圧蒸留によりクリーンな味わいを実現している。このクリーンな風味は、蒸留して生まれた原酒から雑味の多い最初と最後の部分を除いた『ハート・オブ・ハーツ』だけを使っていることもポイントだ。さらに、まろやかな口当たりにするための熟成を経て、100年掛けて天然ろ過された『富士の伏流水』で割り水をする。こうして、麦の風味がありながらクリアで滑らかなのみ口の酒に仕上げているのである。
手間を惜しまず丁寧に仕込んだ酒ながら、そのコストパフォーマンスの高さはさすがである。
発売当初からカクテルベース的なのも方も合わせて提案されていたように、レモン割や梅干し割にした時の味わいはたいへん優れている。
自分の好みで色々な飲み方を試してほしい

香りは、マッシュ(ウイスキーの麦が発酵している状態)のような、『若いビール』といった印象でやや尖っている。もやしやグリーンビース、クレソンなどの香りも
味わいは、クリーンで、透明感のある味わい。中盤に薄い甘味が出てくるが、すぐにサラっと消えてゆく。苦みは感じられずスムーズな飲み心地である。
後口は、薄い甘味が消えるのと、次第にワサビを口にしたり菜の花を食べたりしてあとのような、野菜を思わせる苦みが出てくる。余韻は長くない

ピュアブルー

Trackback [0] | Comment [0] | Category [焼酎の知識] | 2013.04.15(Mon) PageTop

日本酒も寝かせるとうまくなるってホント?

ワインやウイスキーは、出来立ては『若い』と言われ、たしかに味にコクがない。少し寝かせたほうがうまくなるのは、誰もが知っていることだ。
いっぽう、日本酒は、古来から『出来たて、しぼりたてほど、香りも味もいい』とされてきた。日本酒通を自任する人は、年を超えた酒は飲まないものだ。
ところが、古くなった日本酒はまずいというのは誤解だったらしい。少なくとも、酒の作り手は、日本酒も、ワインやウイスキーと同じように場合によっては、少し寝かせたほうがうまくなると考えているようだ。その証拠に、多くの蔵元が『長期熟成酒』と呼ばれる、寝かして日本酒を製造・発売している。
では、新酒と、長期熟成酒では、味のどこが違うのか?
長期樹育成酒を作る蔵元約60社が発足させた『長期熟成酒研究会』によると、通常は、日本酒を長期間置くと、味や香りが悪くなる。俗に「老(ひ)ね」と呼ばれる現象が起きるのだ。
だが、一定の老ね期間を超えると、今度は突然、味や香りがまろやかになるそうだ。
つまり、出来たては少しかたい味の日本酒を、一年ではなく、我慢して三年ほど寝かせるうちに、味はまろやか、香りはふくいくたる吟醸酒クラスの日本酒に変身するというのである。
また、寝かせる温度で、熟成後の風味にも違いが出るという。低温で熟成させれば淡く、常温で熟成させると濃く仕上がるそうだ。

Trackback [0] | Comment [0] | Category [お酒の知識] | 2013.04.08(Mon) PageTop

アンカー・スチーム・ビア  (アメリカ カリフォルニア州ビール)

1848年位ゴールドラッシュが始まり、アメリカ西海岸の人口は爆発的に増加した。
当時は、ドイツ移民が東海岸や五大湖周辺の寒冷地で作るラガービールが人気だったが、温暖な西海岸でビールの現地生産をするためには、ラガー酵母をエール酵母並みに高温で発酵させるしかなかった。ところが、この苦肉の策が切れ上がりがよく香り高い『スチーム・ビア』を生んだのだ。
アンカー醸造所は1965年、閉鎖寸前だったところを当時20歳代前半のフィリッツ・メイタッグ氏が買取、世界的ブルワリーとして蘇らせた。
そのサクセスストーリーは、アメリカ地ビール会の先駆けである。
クリアなオレンジがかったカッパー色のビールに細かくリッチな泡が盛り上がり、モルトの香ばしい香りとホップの苦みが印象的。ウッディーなフレーバーも垣間見える。後口にみずみずしいフルーツの香りが漂った後、シャープに切れ上がる。上面と下面発酵のいいとこ取りのビールである。

アンカー・スチーム・ビア

Trackback [0] | Comment [2] | Category [ビールの知識] | 2013.04.08(Mon) PageTop

あのチャーチルの母親が生んだ超有名カクテルとは?

甘口系のカクテルに、『マンハッタン』がある。このカクテルの誕生をめぐっては諸説あるが、よく知られているのは、第二次世界大戦時のイギリスの首相だったチャーチルの母親が作ったという説である。
政治家の母だけに、その誕生秘話にも政治が関係している。1876年、アメリカの第19大統領選挙では、民主党候補のニューヨーク州知事S・T・ティルデンと、共和党候補のオハイオ州知事R・B・ヘイズが激突し、激しい選挙戦を繰り広げた。
この選挙で、民主党のティルデンを応援するニューヨーカーの中に、銀行家の令嬢であるジェニー・ジェローム、後のチャーチルの母がいた。
ある夜、ニューヨーク市の『マンハッタン・クラブ』で、ティルデンの応援パーティーが催されることになった。幹事の1人だった彼女は、そのパーティー用に、ウイスキーとスイートベルモットを組み合わせた新しいカクテルを提案した。それが、参会者から大好評を得る。
その時のカクテルが一般にも広まるうち、クラブの名にちなんで『マンハッタン』と呼ばれるようになった。と伝えられている。

Trackback [0] | Comment [0] | Category [お酒の知識] | 2013.04.06(Sat) PageTop

ハイランドパーク (アイランドモルト)

オークニーの荒々しい自然に鍛えぬかれた『北の巨人』である。評論家を「全モルトウイスキー中、最もオールラウンダーで秀逸な食後酒」と言わしめ、採点でも8年ものが85点、現在出回ってる12年ものが90点と大変高得点となっている。
スコットランドの北に大小70あまりの島からなるオークニー諸島がある。オークニーとはヴァイキングの言葉(ノース語)で『アザラシの島』の意とか。
シェットランド諸島と同様、かつてはヴァイキングが支配する土地であった。その中心の島メインランドのカークウォールのはずれになるのがハイランドパーク蒸留所である。北緯59度、スコットランドばかりか、世界で最も北にある蒸留所である。
ハイランドパークが建てられたのは1795年のこと。かつてそこには伝説的な密造者マグナス・ユウンソンの密造所があった。彼は収税官の目をごまかすため、教会の説教壇の下にいつもウイスキーを隠し(教会の長老だったという説がある)、いざ査察官がやってくると、それを自宅に運びこみ白布をかぶせて天然痘の患者を装い、見事収税官を追い払ったと言われている。神妙な顔つきのマグナスと、あわてふためいて逃げ帰った確認の顔が目に浮かぶようである。
19世紀後半にはハイランドパークの名声は広く知られることになり、特に1883年に、デンマーク王やロシア皇帝をゲストに迎えたユニオンカッスル汽船主催の豪華船上のパーティーでも『最上のモルトウイスキー』という賛辞が送られていた。
当時、ロンドンあたりで出回っていたウイスキーとは、『チーズとチョークほどにも違う』と言わしめたものである。似て非なるもの、ということか。名前の由来は、蒸留所がパークス・オブ・ローズバンク、つまり『野バラのしげる堤にある広場』の近くに立ったために付けられたのでしょう。
この蒸留所はユニークなのは、仕込み用水を蒸留所下の井戸から汲み上げ、フロアモルティングも一部行なっていることである。その際に使用するピーとも蒸留所独自のもので(ピート・ベッドを持っている),比較的浅いところから切り出した『若い』ピートで、ヘザーの根っこが多いという。
更にピートに混ぜて枝も一緒に炊き込む。これがヘザー風味の強いハイランドパークの独自の個性を作り出している。ポットスチルはストレートヘッド型で、初留、再留釜合計4基。ブレンデッド・スコッチのフェイマス・グラウスの原酒モルトでもある。

ハイランドパーク

Trackback [0] | Comment [0] | Category [モルトウイスキーの知識] | 2013.04.06(Sat) PageTop


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