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なぜ日本酒造りの時に米は傷まないのか

愉快ならざる経験だが、蒸し暑い夏の室内に一日放置されていた御飯は、発酵ではなく、単に腐敗が始まっていることが多い。それどころか、冷蔵庫に置き忘れた残り飯にも、気づいてみるとビッシリとカビが生えていたりするものだ。
このように御飯は傷みやすいものだが、醸造の完成までに二ヶ月前後かかる日本酒造りの過程で、なぜ米は腐ってしまわないのだろうか。いや、実を言えば腐ってしまうこともあるのだ。これを腐造といい、醸造者にとっては死活問題ともなりかねない。日本酒の技術向上の大きな成果のひとつは、安全に酒造りができるようになったことであるとも言える。
こうした事故は除外して、基本的に寒い季節であるとはいえ、腐りやすい米が醸造の過程で傷まずに済む理にかなった発酵の様子を見てみよう。
米が傷む、腐敗するのは、米に好ましくない細菌が繁殖してしまうからだ。酒蔵の過程ではこうした雑菌の繁殖を抑えてくれる、頼もしいガードがまず登場する。それが乳酸菌である。酛の中の麹菌が生み出す糖分は、まず酵母と乳酸菌の繁殖を助ける。あらかじめ醸造用の乳酸を酛に加えるのも、発酵の初期に乳酸菌を増殖させることで、多の雑菌が繁殖するのを抑えるためなのだ。
酵母も乳酸菌も、それぞれ糖分をアルコールに変えたり乳酸に変えたりしていくのだが、酵母の働きのパワーのほうが強力なので、やがて乳酸が繁殖するのに必要な糖分は酵母に奪われて少なくなってしまう。更には醪のなかの乳酸自体が乳酸菌の繁殖を抑えるようになり、酵母に花道をゆずるという健気な働きをしていくのである。
余談ながら日本酒のにごり酒や、やはり米から造る醸造酒である韓国のマッコリ(どぶろく)などを飲むと、甘酸っぱい『ヨーグルトっぽい味』がすることがよくある。もちろんこれは乳酸菌の味が名残をとどめているからである。
さて、乳酸菌にガードされながら、次第に醪のアルコール度数が高まると、乳酸菌は減少しても今度はアルコールのせいで雑菌が繁殖しづらい環境になる。では糖分さえあれば、日本酒はどこまでもアルコール度数が高くなるのか。答えはもちろん『☓』である。度数の限界は先述したように20度を超えたあたりで、アルコール度数が高くなると、今度は自分が作ってきたアルコールで酵母が弱ってきてしまうからだ。ちなみに、醪の中の糖分が少ないと酵母菌はそれをすべてアルコールに変えてしまうし、糖分が多ければ限界まで発酵してもなおアルコールに変えられなかった糖分がエキスとして酒に残ることになる。
もちろん前者が辛口、後者が甘口の酒なのである。とは言え酒の甘辛はそれほど単純に決められるものでもないのだが。

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [お酒の知識] | 2013.05.27(Mon) PageTop

黒霧島  (宮崎県 芋焼酎)

芋焼酎といえば鹿児島、というイメージが強いが、シラス台地の高知は隣の宮崎にも広がっていて、芋焼酎を作っている宮崎の酒蔵も少なくない。そして、宮崎の芋焼酎は高い評価を集めるものが多く、『黒霧島』の霧島酒造もそんな酒を醸す蔵のひとつである。
蔵のある都城盆地には、霧島山脈から長い年月をかけて地下に蓄えられる天然水の恵みがある。適度のミネラル成分と炭酸がガスを含んでいて、さらに焼酎作りの大敵である鉄分をほとんど含まない、程よいバランスの水である。
酵母菌の発酵にも向いていて、蔵ではこの水を仕込み用水に使う。また原料のいもは1個ずつ選別して原料不良臭の元となるものを取り除くなど、品質へのこだわりを徹底させている。
『黒霧島』は黄金千貫を原料に黒麹で仕込まれた、これぞ芋焼酎といった表情の酒で、ロック、そしてなんといってもお湯割りが最高。芋焼酎の真骨頂とでも言ったような香りは絶品だ。甘い香りがお湯割りにすることでぐんと立ってきて、飲み過ぎに注意したくなるほどグイグイイケる。
お湯割りに梅干しを入れる人も多いが、この酒には合わず、せっかくの風味が損なわれてしまうので、避けたほうがいいだろう。

香りは、丸く、青っぽさのない香りで、良質のサツマイモを使っているのだなと思わせる。芋アメや水アメのような甘い香りも感じられる。スパイシーな香りは現れてこない。
味わいは、しっとりとした口当たりが心地よい。輪郭がはっきりと感じられる甘みがあり、中盤からドライな風味とやわらかな苦みが出てくる。
後口は、ドライさとやわらかな苦みが弱まってゆき、風味の変化がない穏やかな後口となる。余韻は短く、芋を思わせる香味は感じられない

黒霧島

Trackback [0] | Comment [0] | Category [焼酎の知識] | 2013.05.24(Fri) PageTop

やはり「特級」が美味い酒なのか?

この疑問に関して、もしかしたら若い方にはなんのことだかわからない方もいらっしゃるかもしれない。
ロシアのことを『ソ連』、IRのことを『国鉄』と、つい言っってしまう世代の人には懐かしい、日本酒の『級別』についてのお話である。
『特級』『一級』『二級』という日本酒の級別が定められたのは第二次世界大戦最中のこと。以来、少なくとも昭和後半の時代には、庶民の間では日本酒を個々のブランドより級別で呼び表す方がむしろポピュラーだった。『お世話になった方だから、贈り物は奮発して特級酒』といった感じである。
この級別によって何が違うかというと、一番顕著なのは酒にかかる税金の率。特級酒は酒税の率も高くなるため、元の単価との相乗効果(?)でより高額になっていくのである。
そんなことより、お酒のレベル・味が違うから級別が付けられたのでは・・・・もっともな意見だが、これには大きな問題がある。もちろん級別は漠然と付けられていたわけではなく、国税庁の担当者による厳正な審査があって決定された。ただしその基準を見ると、首を傾げざるをえないようなものなのである。
まず「特級酒」の定義は、『品質優良なるもの』。これだけである。では一級酒は。こちらは『品質佳良なるもの』となる。それでは最後に残った二級酒はというと「特級酒、一級酒に該当しないもの」。
特級・一級と認定されるためには、出品して監査を受けなければならないわけで、ここに出品されない酒は、酒質には一切関係なく全て二級酒である。また、高い税率をかけられても特級や一級として売ることのできる酒は、どうしても知名度が高く贈答品にも使われやすい、灘や伏見の大手メーカーの酒になりがちである。
良心的な作りの地酒で、地元での消費が中心のものなどは、わざわざ小売価格を高くする級別監査を受けるはずもないのである。
あえて監査を受けていないだけなのに、特級や一級より品質が低く見られるのが癪に障ったのか、当時は商品名を『無監査二級』と名付けた剛の者の地酒も出現したくらいである。
その後の地酒ブームで、こうした事情に明るいファンも増えてきたこともあって、級別制度は次第に形骸化していった。そして消費税の導入された1989年に廃止され、現状の「純米」「吟醸」などの特定名称が酒の質を表す言葉となって定着していったのである。

Trackback [0] | Comment [0] | Category [お酒の知識] | 2013.05.24(Fri) PageTop

バス ペールエール  (イギリス産ビール)

釣りがヘラブナに始まりヘラブナで終わるように、ペールエールはエールのスタートであり、ゴールである。
エールの魅力であるフルーティーな香りと、モルト、ホップのバランスはペールエールが基本中の基本。そんなペールエールを知るために避けて通れないのが、『バスペールエール』である。この道を踏まずにエール道を登ることは、地図を持たずにゴールを目指すようなものである。
世界最古の商標、赤い三角マークが目印の『パスペールエール』はクリアなライトカッパー。真新しい銅板の輝きである。管軸したリンゴ、ピーチ、狩り揃えられた芝、軽く焼いたトースト、ポットで入れたダージリンティーの香りと風味が広がっていく。
ビールの中で、ピクニックが催されているかのようだ。ホップの苦みは随所で顔を出し顔を出し軽く会釈をするものの、瞬きをしている間に何処かへ生えてしまう。しかし、その印象が長く残る。ウィットに飛んで存在感がありつつも、決してでしゃばらないイギリス紳士のスマートさである。

バスペールエール

Trackback [0] | Comment [0] | Category [ビールの知識] | 2013.05.23(Thu) PageTop

世界一、ビールを飲むのはどこの国の人

世界ビール飲み国民ランキングのトップはドイツ人ではありません。ビール王国という印象と強い、いや実際世界に冠たるビール王国のドイツだが、一人あたりの年間ビール消費量は115,8リットルで、これは世界第三位である。
ここで目先を変え、一人あたりではなくビールの国別年間総消費量を見てみよう。堂々第一位は中国で3500万キロリットル。日本のビールの大瓶に換算すると実に約553億本だから、一日約5000万本の消費というのも凄さだ。それでも国民一人あたりとなると、かの国は人口も多いため年間27,6リットルで第53位と一気にトーンダウンしてしまう。
ちなみにドイツは総消費量では第四位で、コチラは954万キロリットルである。
そして日本のデータに着目すると、日本の年間ビール総消費量は630万キロリットル。一人あたりの消費量は49,3リットルで世界38位。やっぱりドイツ人の半分も飲んでない計算になる。
さて肝心の世界一ビールを飲む国民だが、もう見当はついただろうか。実は今の日本主流になっているビールの母国ともいうべき国なのだが・・
答えはズバリ、チェコである。1人あたりのビール年間消費量は実に161,5リットル。大瓶で255本。チェコ人は日本人の三倍近い量をゴクゴクしてしまうビール飲み大国なのである。
チェコが日本のビールの母国だというのにはちゃんとした理由がある。話は19世紀半ばにまでさかのぼる。それ以前もチェコではビール飲まれていたが、当時の中欧で評価されていたのは低温で醸造する下面発酵ビールだった。
その本場はドイツのバイエルン地方である。
チェコのピルゼン地方でも、ビール醸造の歴史からすると古いタイプに分類される上面発酵ビールは造られていたが、品質ではドイツの下面発酵ビールにはかなわない。
そこで一念発起したピルゼンの人々は、本場のドイツから人材を招聘して『市民醸造所』を設立することになる。その醸造所で1842年に最初に作られた下面発酵ビールは、ドイツのビールに比べると明るい色のスッキリとしたタイプのものになっていた。これはもちろん両国の水や風土の違いから起きたことである。
さていかがなものかと飲んでみると、その出来栄えはまさに会心の作。これがピルゼンの名ビール、ピルスナー・ウェルケルだ。素晴らしいビールの誕生はたちまち各地の醸造家の知るところとなった。以来このピルスナータイプのビールは、世界の下面発酵ビールもピルスナーの流れをくむもの。チェコのビールに追いつけ追い越せと醸造されてきたものだった。
ピルスナーは現代ビールのお手本。それを生み出したチェコ人はビール飲みのチャンピョン。覚えておきましょう。

Trackback [0] | Comment [0] | Category [お酒の知識] | 2013.05.19(Sun) PageTop

インヴァリーブン  (ローランドモルト)

オイリーでパワフル、ローランドモルトにしてはコクがあるのは、ローモンド・スチルという特殊な形状をした上流釜で蒸留されているからだろう。残念なことに現在は休止中だが、ウイスキー自体は手に入る。
グラスゴーから北西に来るまで約30分ほど走ると、ダンバートンの町が見えてくる。町の中でひときわ目を引くのが、バランタインの看板を掲げた巨大な建物群。そこは、かの有名なブレンデッド・スコッチバランタインのグレンウイスキーを作っているダンバートン蒸留所である。その一角にモルトウイスキーを製造するインヴァリーブン蒸留所がある。
ダンバートンの町は、ローモンド湖から流れ出すリーヴン川がクライド湾に注ぐところにあり、蒸留所の意味は、文字どり「リーヴン川の河口」のこと。ちなみにダンバートンとは『プリトン人の砦』の意味で、かつてここにはストラスクライド地方を支配したブリトン人(ケルト族の一派でイギリス先住民族。ブリテン島とはもともとブリトン人の島のこと)の城があった。
創業は1938年。ハイラム・ウォーカー社が元のオーナーだったが、現在はバランタイン社も含めてアライド系列に入っている。かつてはスチルハウス(蒸留棟)が2棟あり、インヴァリーブン、ローモンドという別々のモルトウイスキーを生産していたが、現在は前者だけになっている。
ここのモルトウイスキーは、ローモンドスチルを使っていることで大変有名である。
ローモンドスチルは、ハイラム・ウォーカー社が開発したもので、1959年に導入、従来の伝統的なスチルとは全く異なるスタイルをしている。
クビの部分にはスチームのコイルが釣りつけられ、これによって加熱を増加させる。ローモンドスチルで蒸留されたウイスキーはヘビーでオイリーなモルトになるという。名前の由来は仕込み用水にローモンド湖の水を使用していたためである。ローモンドスチルはその後、ハイラム・ウォーカー系列のグレンバーギ、ミルトンダフ、スキャパにも導入されたが(スキュアパナ初留釜のみ)、グレンバーギ、ミルトンダフでは現愛は使用されていない。
インヴァリー分のモルトはすべてバランタインのブレンド用で、オフィシャルボトルは、一度も販売されたことはない。現在はゴードン&マクファイル社で瓶詰めしたものが一般に出回っている。

インヴァリーブン

Trackback [0] | Comment [0] | Category [モルトウイスキーの知識] | 2013.05.19(Sun) PageTop

日本人はいつ頃からビールを飲み始めたのか

お察のとおり、日本でビールは文明開化の頃から次第に飲まれるようになっていったのである。1853年の黒船、つまりペリーの来航の時に、スコッチウイスキーやビールがもたらされたという。
また同年に医学者だった河本幸民が、オランダの手引書を元に横浜でビールの醸造を行ったという記録もある。これが日本人による竿書の国産ビールの醸造である。
それ以前の記録にとなると、江戸中期に長崎・出島のオランダ人御通訳が著した『和蘭問答』という本位、オランダ商人が持ってきたビールを飲んだという下りがある。初めてのビールという意味ではコチラが日本記録だろう。ごく限られた人間は、江戸時代にビールを口にしていたのである。
日本では商業的なビールの製造が始まったのは、やはり文明開化のお膝元である横浜だった。1870年にアメリカ人おコープランドが、居住外国人のためのビールの製造と販売を行ったがその起源だとされる。
最近でこそ「地ビール」ブームもあって、小規模なビール醸造所も日本各地に登場しているが、日本のビール生産は長らく大資本の寡占状態が続いてきた。これは1908年位ビールの製造検挙が年間生産1000石(180キロリットル。1石は100升=180リットル)以上の製造者にしか交付られなくなったため、零細なビール生産者が淘汰されてしまったことが原因である。
その後も合併や再編を繰り返しながら、現在、日本の主要ビールメーカーは、アサヒ、オリオン、キリン、サッポロ、サントリーの5社である。昭和の時代にはキリンビールが『ガリバー型寡占』起業の典型として社会の教科書にも掲載されていた。
シェア70%以上は当たり前の、泣く子も黙る『キリンラガー』を主力方品としてきたこのビール業界の巨人が、ビール会の革命児『スーパードライ』で殴りこみをかけてきたアサヒビールについに48年ぶりに首位の座を逆転されたのは2001年のことである。
発売当初は『軽すぎてビールらしくない』『金属のスプーンを下に押し付けたような平板な味だ』などと、『麦芽志向』の強いビール党から批判も起こったスーパードライだが、スーパードライを主力商品とするアサヒビールのシェアは2008年に初めて、50%を超える。
『ビールとは何か』という定義やスジ論(?),味覚をめぐる哢議論はどうあれ、同製品は消費者の支持も盤石は、ビール界の大巨人となっている。
スーパードライはキリンラガーを追い落とす形となった。味覚に関しては頑なまでに保守的なヨーロッパ社会とは対照的に、ダイナミックに変貌を続ける日本社会では、国民い支持されるビールのタイプも数値から数十年単位で大きく変わっているのである。
ところであなたは『スパードライ』すきですか ?

Trackback [0] | Comment [0] | Category [お酒の知識] | 2013.05.18(Sat) PageTop

マスネ・クレーム・ド・フランボワーズ  (フランス産リキュール)

フランボワーズというフランス語はFraise(いちご)とambrosia(不老不死の効あるという神々の飲食物。転じて美味この上ないものの意)を合成して生まれた名詞。フランボワーズの日本語はキイチゴ(木苺)だが、フランボワーズの名の由来を知ると、とたんに幻想的な香味を持った果実というイメージが湧いてくるから不思議である。
クレーム・ド・フランボワーズは、フランスの各リキュールメーカーの競作となっているが、その中でブランドイメージの高いのがマスネ社の製品だ。
同社は、1870年ジャン・パティスト・マスネが、アルザス地方ヴィレ渓谷でフルーツの蒸留酒をつくったのが始まり。
1913年には、ウージェーヌ・マスネがフランボワーズからオー・ド・ヴィー(ホワイトブランデー)を作って好評を博し、『マスネといえばオー・ド・ヴィード・フランボワーズ』と言われうほど著名なメーカーになった。今も、その製品は、同社の看板商品である。
同社のクレーム・ド・フランボワーズは、そのオー・ド・ヴィーに、同じ原料の果汁を加えて熟成したあと、シロップとヴィレ渓谷の天然水を加えて製品化する果汁の使用割合が、他社製品に比べて非常に高い。また、中性スピリッツを使わないし、色素や着色料も添加しない。
そのため、香りと味わいの両面で、フルーツを凝縮したようなデリケートなまろやかさが感じられる。
他社のクレーム・ド・フランボワーズは選果した果実を中性スピリッツに浸漬して数ヶ月熟成させ、砂糖と蒸留水を加えてリキュール化し、濾過して瓶詰めするのが、一般的な製法。ただ、果実としてフランボワーズ一種だけを使うということは少なく、ブラックベリー、ストロベリーなども少量ミックスして、味に奥行きを与えるような製法が採られている。

クレーム・ド・フランボワーズ

Trackback [0] | Comment [0] | Category [リキュールの知識] | 2013.05.18(Sat) PageTop

ビールはダイエットの敵か

『ビール腹』なんて言葉もあるほどで、ビールを飲めば太るというイメージには根強いものがある。
ところがその科学的根拠となると、けっこう曖昧な部分もあるようです
一般的なビールの大瓶のカロリーは約250キロカロリー。これは大きめの茶碗いっぱいの御飯とほぼ同じ熱量である。ただし、同じ熱量であっても御飯のでんぷん質と違ってアルコールは体内で燃焼されてしまうため、ビールは御飯に比べると、実はずっと太りにくいのである。
ビールを飲む人が太りやすいのはビールの責任ではなく、ビールのよって食欲を刺激され、ついつい食べ過ぎてしまうためである。その結果として太るだけであって、ビールが直接肥満の原因になるわけではない。・・・ビール関係者の代表的な意見である。
あるいはビールを飲むと炭水化物を摂取したくなり、ついラーメン屋お茶漬けを、遅い時間に食べることになりがちだからともいう。
しかし冷静かつトータルに考えれば、これはやっぱりビールの責任だろう。科学的にはビールが『主犯』ではないかもしれないが、共同正犯に限りなく近い共犯くらいの存在ではある。何より、生活の中でビールをよく飲む人は、現実には太っていることが多い。
それに副食物を取らずにビールをがぶ飲みしていては、間違い無く他の栄養が不足してくる。というか、ビールを飲んでいれば食が進むのが道理である。
ビールを擁護する心地良い能書きはどうあれ、ビールを飲みたいだけ飲んでしかも太らないなんて都合のいい事はまず起きてくれません。そう思ったほうがいいでしょう。

Trackback [0] | Comment [0] | Category [お酒の知識] | 2013.05.17(Fri) PageTop

さつま白波 伝承  (鹿児島県 芋焼酎)

居酒屋や酒販店、最近ではスーパーなどでも多く見かける芋焼酎で、ラベルデザインに見覚えがある人も多いだろう。
この酒を作っているのは、鹿児島県枕崎市にある薩摩酒造。業界最大手の規模を誇るメーカーで、創業以来黒瀬杜氏の伝統技術を受け付いている。また、平成9年にはさつまいもを原料にしたビール(酒税法上は発泡酒)が味わえるビアレストランをオープンするなど、焼酎つくり以外にも様々な方面に展開している活発な蔵である。
この酒の穏やかで丸い風味は、原料に黄金千貫を使い、白麹で仕込んだ芋焼酎の典型的なキャラクター。蒸留には伝統的な単式蒸留機による常圧蒸留で、原料の風味を最大限に活かす工夫にも余念が無い。
とくとくと心地よい音を立ててグラスに注がれると、立ち上がる香りはとても穏やか。全体的にフラットな風味なので、芋焼酎特有の癖を嫌がって敬遠していたような初心者でも抵抗なくグイグイ飲める。
飲み方では芋焼酎だけあってやはりお湯割りが最も美味しく、ウーロン茶割りがそれに続く感じである。ペリエ割は味がバラけたりザラつきが出たりするのであまり向かない。

香は穏やかな香りが優しく広がる。芋を思わせる香りの中にゆでたそら豆、アスパラガス、ピーナッツのような香りが混じっている。
味わいは、サラリとした口当たりのなめらかな味わい。苦味もなくスムーズに流れてゆく。芋の風味はほとんどなく、芋焼酎っぽくない印象である。
後口は、風味の変化はなくそのまま減衰して消える。グラスに注いだ時の香りにも感じられた、空豆やピーナッツのような香が余韻として残る。

さつま白波伝承

Trackback [0] | Comment [0] | Category [焼酎の知識] | 2013.05.17(Fri) PageTop

原料の取れない九州が、なぜ辛子明太子の本場なのか

魚卵を使った珍味にには忘れてはいけないものがある。
それが辛子明太子である。
九州博多の名産品で、本格焼酎との相性抜群。コチラはスケトウダラの卵巣を唐辛子の効いた調味出汁に浸して作られる。
しかし、スケトウダラは北の湖の魚で、九州近海とは馴染みが薄い。なぜ博多が発祥の地となったのだろうか。
答えはこの食品のルーツにある。唐辛子をたっぷり使って真っ赤な食品・・・・まさに韓国のイメージである。
辛子明太子は、日本の敗戦後に朝鮮半島から博多に引き上げてきた人が、かの地の食品をヒントにして開発販売したものだったのである。
それでは『明太子』とはどんな意味か。『子』は卵・卵巣の意味であることは明らかだろう。では『明太』は。実はコチラ、スケトウダラの韓国名を漢字表記したものなのである。韓国語では『ミョンテ』と読む。ここでさらなる細かい疑問が湧いてくる。ではなぜ日本語で『明』の字を『めん』と読むのだろうか。韓国語が混じって「みょんたい」というならまだ分かる気もするが、
博多が西に向かって開かれた日本の海の玄関だとすれば、韓国から東に向いた玄関は第二の都市である釜山である。
そしてこの地方の方言で『明太』を呼んでみると、なんと『メンテ』となるのである。博多の辛子明太子は、韓国は釜山のお国言葉にルーツを持つ名物なのである。

Trackback [0] | Comment [0] | Category [酒の肴の知識] | 2013.05.16(Thu) PageTop

アボット・エール  (イギリス サフォーク州ビール)

ブリーン・キング醸造所は、イギリス東部サーフォーク州のベリー・セント・エドマンズという町にある。町の名前であるエドマンズは地元の言葉で『王』を表すため、19世紀から経営に携わったグリーン家の名前と合わせて醸造所の名になった。苦みと夏のようなフレーバーが魅力の『オールド・スペックルド・ヘン』やホップのキャラクターが顕著な「グリーンキングIPA」など素晴らしいビールを作っている。
グリーンキング醸造所の看板商品『アボット・エール』はクリアな明るい銅色にきめ細やかな泡がたち、モルトの甘みとアイスティーを連想させる香りが優しく漂う。後味にはホップの苦味が残り、舌触りが滑らかで喉の通りもいい。フィニッシュ&チップスやシンプルなサンドイッチンドに合い、昼下がりのカフェや、ハイキングに最適である。
ラベルの僧侶は、元英国首相ハーバート・ヘンリー・アスキスがモデル。しかし、このビールとは特に縁もなく、その理由は明かされていない。


アボットエール

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チューハイの「ハイ」はなんの意味?

割って飲むチューハイやサワー類は、居酒屋でも小売の缶入り飲料としても大人気である。最も庶民的な日本のロンクカクテルといっていいだろう。
焼酎で割る飲み物の歴史の中で、忘れてはならないのは『ホッピー』である。ホッピーは戦後まもなく登場した麦芽飲料でアルコール度数は0.8%。1%未満であるため酒税法上は酒にはならない。ということはもちろん酒税もかからない。
これを低税率の旧甲類焼酎で割れば、たちまちにして安価な麦芽アルコール飲料つまりビール風の飲み物の出来上がりである。ホッピーには専用のジョッキもあった。これはジョッキの側面に星印が2つ付いているもの。下の星は『ノーマル』上の星は『ハード』である。つまりそこまで25度の焼酎を入れろという目安なのだ。ノーマルで5度ハードでは7度のホッピー(のカクテルですね、正確には、)を造ることができるのである。
ホッピーにはノスタルジーを感じるが、チューハイは今が盛りである。チューハイの『チュー』はもちろん焼酎『酎』。では『ハイ』はなんだろう。
これも世代によって回答率が変わってくるはずだ。答えは『ハイボール』の『ハイ』である。分かる人はなんでそんな決まりきったことをと思いだろうが、若い世代はハイボールと言われたところで「?」だろう。
ハイボールはウイスキーカクテルの一種だが、平たくいえばウイスキーの炭酸割りである。焼酎のハイボールだから「チューハイ」と、実にシンプルなネーミングである。

Trackback [0] | Comment [0] | Category [お酒の知識] | 2013.05.15(Wed) PageTop

インチガワー  (スペイサイドモルト)

エレガントさよりはぴりりとした塩辛さがあり、飲むほどに癖になるモルトウイスキーである。
生産地区分はスペイサイドだが、東ハイランドとの境界線上になり、どちらかと言うと後者の特徴があるといえよう。
海辺を散歩したあとや、一日の釣行のあとにふさわしい一杯というべきか。12年ものより、最近出まわるようになった14年もののほうが蒸留所本来の特徴である塩辛さがよく出ている。複雑でコクが有り、スペイサイドとしてはユニークで隠された銘酒のひとつ。バーでさり気なく通を決めるには、インチガワーを頼むと良いでしょう。
スペイ川の河口から東に8キロほど行くと、バッキーという古い港街がある。かつてはにニシン漁で栄えた漁港だったというが、乱獲がたたったのか現在はあまりぱっとしない。
その港町を見下ろす高台にあるのが、インチガワー蒸留所である。
インチはゲール語で「川のそばの草地」のことだろう。ガワーはゲール語で「山羊」、つまり「川のそばの山羊の放牧地」の意と思われる。
かつてはバッキー周辺に幾つもの密造所があっったというが、アレキサンダー・ウィルソンによってインチガワーが建てられたが1871年。変わっているのは、1936年から38年までバッキーの町議会がインチガワーを所有していたことで、そのあとバースに本拠を置くアーサー・ベル&サンズ社に売却された。同社のブレンデッド・スコッチ、ベルズの原酒を確保するのが目的で、インチガワーはベルの主要モルトとなっている。
蒸留所の背後の丘にある農家は、かつて有名な密造者マクファーソンの密造所だったところ。彼のスチルは丘の背後に巧妙に隠されていたが、ある時、迷子の牛がスチルを覆い隠していた芝土をはがしてしまい、牛を探しに来た牧童に見つかってしまった。
ポットスチルはずんぐりとしたストレート・ヘッド型で、初留、再留釜合計4基。
仕込み用水はマクファーソンが密造酒づくりに利用していたメンダフヒルズの泉水。
ウエアハウスは巨大で、近隣の蒸留所のウイスキーも貯蔵しているという。

インチガワー

Trackback [0] | Comment [0] | Category [モルトウイスキーの知識] | 2013.05.15(Wed) PageTop

ジャパニーズウイスキーの始まり

我らがジャパニーズウイスキーは、製法としてはスコッチウイスキーの忠実な弟子である。そしてかつて『日本のウイスキーの父』と呼ばれる男がいた・・・・と書くとまるでコマーシャルだが、ニッカウヰスキーの創設者、竹鶴政孝がまさにその人である。
ではニッカが日本のウイスキーのパイオニアか・・・というと、ややこしいいことにそうではなく、日本初の本格ウイスキー『白札』を1929年に売りだしたのは寿屋、すなわち現在のサントリーなのである。この辺の事情、わかりますでしょうか。
竹鶴は1918年から三年間、ウイスキーの製造技術を学ぶためにスコットランドのグラスゴー大学に留学している。竹鶴の帰国後、第一次世界大戦の不況下でも『赤玉ポートワイン』の売れ行きが好調だった寿屋の創始者・鳥井信治郎が竹鶴を会社の招き入れ、彼を責任者として京都の山崎蒸溜所を建設してウイスキー作りに着手したのだ。
余談ながら、サントリーという社名は、初期の主力商品の『赤玉』が太陽を思わせるところから『サン』、それに創設者の苗字『トリイ』をくっつけてサントリーなのだそうだ。さらに言えばこの赤玉ポートワイン、現在は販売されていない。1973年に『「ポートワイン」とはポルトガル産ワインにのみ許された命名だ』と、ポルトガル政府の抗議を受けると、『赤玉スイートワイン』に名前を変えてしまったからだ。
さて、竹鶴政孝は寿屋のウイスキー製造責任者として白札の製造に携わったが、やがて、1934年に同社を退社すると、同年に『大日本果汁』を設立した。これは竹鶴がウイスキー作りに最適な土地と考えた北海道・余市に蒸留所を築き、ウイスキー製造を軌道に乗せるまで、ジュースの製造販売を行なっていたために付けた社名である。
ニッカとは『大日本果汁』の略語なのである。
こう書くと、理想に燃えた技術者の竹鶴と、辣腕の関西商人の鳥居という図式が浮かび上がってきそうだが、事はそれほど単純でもなさそうである。ちなみにサントリーのホームページなどでウイスキー製造当初の事情を調べても、竹鶴の名前は出てこない。
そして、『白札』発売の状況については、『1929年、本格国産ウイスキー『サントリーウイスキー白札』が誕生します。最初はなかなか受け入れてもらえませんでしたが、その後1937年には『角瓶』が発売され、好評を博すことになります』とある。普通に読めば、『竹鶴政孝が出て行ったあと、サントリーはヒット商品を発売したんだよ』ということだろう。
かたや、ニッカの言い分を見ると、『(寿屋での)ウイスキー造りはひとまず軌道に乗ったが、まだまだ自分の納得の行くものではなかった。そして、40歳になった竹鶴は寿屋に別れを告げ、長年の念願であった自分のウイスキー造りを実行に移す』と、コチラも一歩も譲らず、『竹鶴が納得の行くウイスキーが作れるようになったのは、サントリーをやめて余市に工場を立ててからだよ」と主張しているかのようである。
鳥井信治郎と竹鶴政孝、この二人がいなければ日本のウイスキーは誕生しなかったことは間違いない。けれども「両雄並び立たず」だったこともまた確かなようである。

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ベル・ド・ブリエ・クラシック  (フランス産リキュール)

ペア(梨)のリキュールには、西洋梨のうち、ウイルアムス種と、同系統のバートレット種が使われる。
温暖での多湿の土壌での栽培に適しており、例えばフランスでは、ローヌ地方や南西部が特産地になっている。
一般的な製法は、収穫直後の果汁の多い梨の果実を破砕し、発酵させる。発酵の済んだものはポワレと呼ばれ、梨の醸造酒として飲まれることもある。
リキュールを作る場合は、このポワレを単式蒸留機で一回、または二回蒸留して、梨のデリケートな香気成分を凝縮した蒸留液を造る。これに、中性スピリッツ、シロップ、水を加えて、無色透明の姿で製品化する。製品が少し黄色い色調のものは、これになしの果肉を浸漬した液を加えたものである。
ベル・ド・ブリエ・クラシックは、1684年以来、コニャック地方グランド・シャンパーニュ地区でコニャック作りにあたってきた老舗が、コニャックに西洋梨の蒸留液を加えて作り上げた高級ペア・リキュール。1985年から海外市場に輸出するようになった。
コニャックには、グランドシャンパーニュ地区、プティット・シャンパーニュ地区の自家畑産のものを熟成させて使用。梨は、ウイリアムス酒のみを蒸留して使用。合成添加物を一切使っていない。レジェ(アルコール度数19度軽快な味),クラシック(アルコール度数30度。コニャックと梨の香味のバランスがいい主力商品)、スペシャル(アルコール度数50度製菓用)の三種がある。

ベル・ド・ブリエ・クラシック

Trackback [0] | Comment [0] | Category [リキュールの知識] | 2013.05.13(Mon) PageTop

花渡川ビアハウス サツマブラック  (鹿児島県産ビール)

漆黒のビールだ。泡にもベージュの色味がある。グラスを顔に近づけると、焦げと甘い香りをはっきりと感じる。
ふかしたさつま芋、焼きたてのスイートポテトパイ、大学芋の香りだ。それもそのはず、『サツマブラック』は本格焼酎『さつま白波』『神の河』で有名な薩摩酒造が、地元産の良質なさつまいもを使って作ったビールなのである。
一口飲むと、まず感じるのはコーヒーフレーバー。ブラックコーヒーではなく、少し甘みのあるコーヒーだ。そこには、スイートビターなチョコレートの味わいも見つけ出せる。また、ポリフェノールが豊富に含まれているのも特徴のひとつ。他にも、紫芋を使ったビンク色の『サツマパープル』、皮と果肉が白いさつま芋『黄金千貫』を使った『さつまゴールド』など、ユニークなラインアップが揃っている。
スイートビターな『さつまブラック』の味わいは、ブルワリーに併設されたレストラン『花渡川ビアハウス』の欧風料理とベストマリアージュを奏でる。


サツマブラック

Trackback [0] | Comment [0] | Category [ビールの知識] | 2013.05.08(Wed) PageTop

居酒屋の店先の茶色い玉の正体は?

居酒屋のシンボルといえば、何と言ってもの赤提灯に縄暖簾である。かつて縄暖簾にはハエよけという機能も持たされていた。にも落ちた仕事帰りに、酒飲みを誘うような馴染みの店の赤い光に引き寄せられ、おでこと肩で縄暖簾をサッと開けて店に滑りこむ。心弾むひとときである。
ところで、充実した日本酒の品揃えを売り物にした居酒屋などでは、この二点以外に玄関に茶色い球体を吊るした店がよくある。中にはご丁寧に、球の上に小さな屋根までつけていたりする。居酒屋ばかりではなく、酒の小売店でも店先でも上げているところも少なくない。一瞬、スズメバチの巣かなにかかと驚かせなくもないが、あのデコーレーション(?)の正体をご存知でしょうか。
正式な名前は『酒林』(さかばやし)である。俗に杉玉ということからも分かるように、杉の葉を束ねて丸く刈り込み、球にしたものだ。もともとは居酒屋の縁起物でなく、造り酒屋がある出来事をアピールするために年末頃に門の前に掲げた、一種の看板のような存在である。
その出来事とは、新酒の完成である。秋口に収穫された新米を使ったその年初めての酒ができたことを、緑も鮮やかな酒林が教えてくれるのである。居酒屋や酒屋の酒場やし茶色いのが普通じゃないかって。もちろん造り酒屋ではないお店ではインテリアとして飾っていることがほとんどだから、杉の葉が枯れてしまっただけのことである。作り酒屋では毎年交換していくわけだ。茶色い杉玉が緑色に変わっていれば、『今年の新酒ができました』ということになる。
また、酒林の素材とされる杉の木には、日本酒とは切っても切れない縁がある。明治以前の酒造りの桶や樽は木製だったが、その素材として使われていたのが殺菌効果のある杉だったのだ。
最近では杉の容器はホーローや、ステンレスに取って代わられてしまっったが、酒林だけは酒造りと良い酒のシンボルとして大切にされ続けているのである。

Trackback [0] | Comment [0] | Category [お酒の知識] | 2013.05.04(Sat) PageTop

純芋焼酎 一刻者  (鹿児島産芋焼酎)

鹿児島の小牧醸造と大手メーカーの宝酒造が製造・販売で提携して誕生。こだわりの焼酎造りと全国的な流通が手を組み、急速にファンを増やしている。
小牧醸造は鹿児島県の北西部、宮之城町で明治42年から酒造りを続けている、家族5人で営む小さな蔵である。創業以来、一次、二次仕込みとも甕仕込みで、地熱を利用した蔵独自の製法を守ってきた。また、有数の竹の産地ということもあり、仕込み水はすべて竹炭ろ過したものを使用。焼酎のまろやかな風味のことを鹿児島弁で、『なつい』というが、そうした製法や原料へのこだわりが『なつい』芋焼酎を生み出している。
昔ながらの芋焼酎を醸す小牧醸造の銘柄の中で、際立つ個性を見せるのがこの『一刻者』だろう。
原料はもちろん、麹にも芋を使った、いも100%の焼酎である。色々な飲み方で味わってみると、以外にも芋の素材感は少なくないが、要所要所で心地よいいもの甘さや香ばしさが顔を出す。ストレートやロックよりも水割りにしたほうが香りが立ってくるという珍しい酒質でもある。
全体として、クセのないと快適な味わいながら、いも麹仕込みによる一本筋が通った酒という印象を受ける。

香は、芋の香ばしさを感じる香りが立つ。芋の香りのベースに、穀物からくる甘さや、どことなくフルーティーな花の香りが上に乗っているような表情である。
味わいは、芋の素材感はさほど感じられない栗やナッツ、ドロップなどを思わせる香ばしさ、甘さがある。口当たりは甘いが、すぐにドライになってサラサラとした感触になる。
後口は、甘く香ばしい味わいの中から、穏やかに含み香がひろがってきたあと、ドライな風味がゆるやかに減衰してゆくような後口である。余韻は短く、さっぱりとしている。


一刻者

Trackback [0] | Comment [0] | Category [焼酎の知識] | 2013.05.04(Sat) PageTop

そもそも『居酒屋』ってどんな店?

日本の酒といえばやはり日本酒である。そして庶民が日本酒を気兼ねせずに味わえる店は、なんといっても居酒屋である。
ところで、酒好きの人間でもほとんど語源に思いを馳せることなく、もはや日常語として使っている「居酒屋」とは元々どんな店を指しているのか、正しい定義はできますか。
『店先で酒を飲ませる酒屋。また、安く酒を飲ませる店』(広辞苑)と辞書には簡単に説明されている。今では和風のカジュアルレストランの趣がある居酒屋だが、元来は酒の小売の店で、それが転じて安くお酒が飲める店ということになったのである。
居酒屋の発祥は江戸時代。江戸の町や漁港などの酒屋がルーツである。当時の酒屋では、小売の業態は樽からの量り売りが主流だった。ガラス製の一升瓶の登場は明治時代である。いずれにせよ往時は客が容器を持参して、必要な分量をマスで計ってもらって買っていたのである。
当時の江戸の町には暮らしの職人や労働者、浪人などが数多く住み、漁港には出稼ぎの漁師などやはり単身者が少なくなかった。
家に帰ってのひとり酒はいかにもわびしいものである。そうした人々はいつしか酒屋の店先で、買った酒を呑むようになっていった。
そうなると酒屋は酒屋で「居酒致し候」などの張り紙をして、店で飲んでもかまいませんよとアピールするようになり、簡単なツマミなども出すようになっていった。これがまさしく居酒屋で、やがては今のような飲んで食べて楽しめる店となったのである。
最近はさすがに少なくなってしまったが、酒の小売店の片隅にビールケースを重ねて作ったようなカウンターを設け、乾き物で立ち飲みできるお店がある。そんな立ち飲み屋こそ居酒屋の原型なのである。

Trackback [0] | Comment [0] | Category [お酒の知識] | 2013.05.02(Thu) PageTop

コエド 紅赤  (日本、埼玉県ビール)

『コエド紅赤』は革新的ビールだ。外国ビールのコピーではなく、もちろん奇をてらったキワのものでもない。日本のクラフトビールが進むべき、ひとつの方向性を示唆している。
埼玉県川越市で1996年にオープンしたコエドブルワリーは、2006年10月「COEDO(コエド)」ブランドとして味わいと意匠を一新。ホップを家紋風にデザインしたマーク、ボトルのそこのレリーフ、日本の古代色による銘柄のネーミングなど素晴らしいセンスである。
プレミアムピルスの「瑠璃」、長期熟成の「漆黒』もいいが、『紅赤』こそが先取のビール。色はその名の通り、輝く赤銅色。革新的なのは原料に事物と『武州小江戸川越産金時薩摩芋』を焼き芋にして使っている点だ。甘味と香ばしさは、『芋』ではなく『焼き芋』のフレーバーだ。ここが他のベジタブルビールとは明らかに違う。
モンドセレクション最高金賞、ヨーロッパ最大の食品品評会iTQi三ツ星受賞は、日本から世界に提案できる新ジャンルの証でもある


こえど


Trackback [0] | Comment [0] | Category [ビールの知識] | 2013.05.02(Thu) PageTop


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