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人間の欲望が蒸留を始めた

焼酎をはじめとする蒸留酒は、醸造酒を蒸留して作り出される酒である。ごく大雑把に言ってしまえば、ビールを蒸留すればウイスキーや麦焼酎になるし、ワインを蒸留すればブランデーになるし、日本酒を蒸留すれば米焼酎になる。
醸造酒を高アルコール度数に変える蒸留の技術は、早くも紀元前4世紀には知られていたとの記録がある。古代ギリシャのアリストテレスは蒸留を利用すれば海水を真水に変えることができると記述しているのである。そして蒸留機は古代ギリシャを征服したマケドニアのアレクサンダー大王によって、エジプトのアレクサンドリアにもたらされた。
更にここで、蒸留機は酒造以外の目的で盛んに利用され、発展を遂げていくのある。それが卑金属を貴金属に変えようという夢の様なテクニックーーそう、錬金術である。
結局人間は鉄を金に変えることはできなかったが、錬金術が科学や医学の発展に大きく寄与したことはよく知られている。

その後、アレクサンドリアは7世紀になるとイスラムの支配を受けるようになる。当時のイスラムは世界の最先進国。蒸留うきはアラビア語でアランビックと呼ばれれうようになった。これがイスラムの大帝国を通じて西洋と東洋に伝播していったことが、純金ならぬ蒸留酒を生み出す契機になったのだ。
ちなみにヨーロッパではブランデーやウイスキーの蒸留釜の事を今でもアランビックという。
この語源は東方ルートにもモチロン影響を残している。東南アジア産のヤシ酒の焼酎はズバリ『アラック』だったし、中国でも焼酎のことを「阿刺吉酒」(あらき酒)、朝鮮でも「アラギ」といい、日本でも江戸時代には焼酎のことを「阿刺吉酒」と呼び習わしていたのである。
日本への焼酎の伝来にはいろんなルートを取ったという説がある。中国大陸から、朝鮮半島経由、東南アジアから琉球を通じて、シルクロードを通って・・・などがそうである。
そそらくどれが一つということはなく、複数あるいは全てが複合して、焼酎は日本に伝わったとかんがるのが合理的だろう。つまり日本文化の形成と全く同じ筋道である。

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Trackback [0] | Comment [0] | Category [お酒の知識] | 2014.04.25(Fri) PageTop

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